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ごあいさつ -2011年06月05日
2011年3月11日に発生した東日本大震災。福島第一原発の最悪規模の事故の発生によって、私たちを取り巻く世界は、まったく別のものになってしまいました。
悲しいことに、3・11以後、水も、空気も、土も、食べ物も、見た目は同じでも、もうそれらは3・11以前と同じではなくなってしまいました。
「ただちに健康に影響はありません」と繰り返しいくらメディアが伝えても、にわかには信じられないほど、情報は小出しに、後から後から出てきます。
「風評被害」と言われても、食品や水、海や土壌から放射性物質が検出される「事実」の前では、自ら情報を集めて自衛するほかありません。
そうこうするうちに、食品中の放射性物質の暫定基準値を下回ったものから、出荷されはじめ、セシウムをはじめとする放射性物質入りの食品が身近に出回っています。
そもそも"暫定基準値"自体、3・11以後に設定された、とても高い基準値であることはもう隠せなくなっています。
放射性物質を、できるだけ体に取り込まない方がいいことは当たり前のことです。特に子供や出産を控えた女性などは、より注意をするべきです。
そうすると、暫定基準値をクリアさえすればいいというものではなく、放射性物質の測定を長期間にわたり行い、正しい情報が開示された上で、私たちが自らの基準で、食品・飲料の選択をできるようにする必要があります。
私たちは、全ての食品の放射線検査をすることはできません。国も、都道府県もそこまでのことはしていません。
しかし幸いにも、各地での大気中・水道水中の放射線測定が行われ、野菜や水産物の測定結果から、放射線数値の高い食品の種類などを知ることができます。
これらのデータから、安全・安心な産地や、食品の種類を推測することができます。
加工食品の場合には、原材料の産地や、水を使うかどうかといった製法、工場の地域などを気にする必要があります。
チェルノブイリでも、健康被害の多くは、食べ物などから取り込まれた内部被曝によるものといわれています。食べ物に気をつける人とそうでない人とでは、癌や白血病などの重大な健康被害にあうリスクが、おそらくは2倍から10倍くらいは違うことになるのではないか、そう思います。子供の場合には、さらにリスクに対する感受性が何倍も大きいといわれています。
まだまだわからないこと、知らされていないことが多いため、毎日、情報収集をしながら、当サイトでは、”風評”でない”事実”が明らかになり、正しい情報が開示されることを願って、更新を続けていきたいと思います。
サイト開設のお知らせ -2011年06月05日
今年の年3月20日頃だったか、かすかな雨が降っている中で、放射能を浴びないように慎重に傘を差しながら、こんな雨に降られたことが遠い昔にもあったことを思い出していた。
チェルノブイリ原発事故が起きたのは、筆者(当サイト管理者)が大学生の時の4月26日。数日後の5月の連休の頃に、同じような雨の日があった。目に見えない”何か”を避けるように、やはり慎重に傘を差して歩いたことを覚えている。
その後何年もの間、ヨーロッパのチョコレートなどは一切口にしなかった。汚染された食べ物が、その頃日本にも入ってきていたからだ。検査などは気休めでしかなかった。
2011年3月11日、その日筆者は、仕事中で、東京・渋谷区のマンションの仕事場である13階にいた。揺れはじめて玄関のドアを開け、だんだん強くなってきたため周りの人に声をかけ、会談の入り口まできたところで、揺れがいっそう強くなった。収まるまでその場に立っているしかなかった揺れ方から直下型ではないとわかったので、震源地の方では大変なことになっているだろうと思った。東海地震だろうかと冷静に考えていた。
揺れが収まって、階段で地上に降りた。地面にたどり着くまで生きた心地がしなかった。タワーマンションなどはもう駄目だと思った。玄関の鍵を閉め忘れたことに気づいたが、余震が怖いので、電話も通じないことであるし、実家にタクシーで帰った。みんな無事だった。
ところが本当の恐怖はその後にやってきたのだと、テレビを見て知った。本当の恐怖はいまも続いている。
それから何日もの間、大学生の時に戻ったように、地震や原発の本を数え切れないほど読んだ。チェルノブイリ事故の頃の本も実家にはあった。両親は、当時、日本にも汚染食品が出回っていたことをあらためて知ったようだった。しかし筆者もいまさらにわかったことがある。筆者が物心も付かない子供だった頃、核実験の死の灰で、食べ物はもっと汚染されていたことを。
フクシマの汚染は、核実験、チェルノブイリを超える汚染を日本国内にもたらすだろうと思う。
まだまだ知らされていないことがある。
ヨウ素131と、セシウム137の2種類しか、まともに放射性物質の検査を公表していないからだ。
数年後、十数年後には、次第に惨状が明らかにされていくだろう。子供を持つ人が、「なぜあの時、避難してくれなかったの?」と子供から言われても、その時にはもう遅い。正直なところ、書くのは気が重いのだが、フクシマの人は、特に子供は逃がすべきである。
5月7日、渋谷のデモに行ってみた。デモというものは湾岸戦争以来、20年ぶりのことだった。イラクでも、アフガニスタンでも、ウランを使用した爆弾で、原爆症と同じ子どもたちがたくさんいる。アメリカや中国・ロシア・南太平洋の核実験、イギリスやロシア・アメリカの原発事故、世界中に被爆地はたくさんある。だから”唯一の被爆国”という表現も誤りだ。左翼でも右翼でもない、フツーの若者が怒っている姿だけが唯一の救いではあった。いつの時代でも大人が悪く、子供が被害者だ。いま止めることができなかったら、数万年たってもでもそうだろう。
半減期が24000年のプルトニウム239とか、1570万年のヨウ素129とか、45億年のウラン238とかが出ていたら、もう人類が滅亡するか、あるいは放射性物質に適応する進化をするまでは、今回のフクシマの事故による放射能は消えないだろう。本当のことは知らされていない。もう元には戻らない。
野菜の出荷制限が解かれたり、政治家が野菜を食べて見せたり、テレビが何も伝えなくなったりしはじめたので、当サイトを作りました。未来の子供たち、ごめんなさい。
